神無月の10月、讃岐平野の各地で獅子舞の鉦や太鼓が鳴り響くなか、志賀直哉「小僧の神様」を課題にした読書会を開催しました。お祭りといえば、ごちそうがつきもの。人によってごちそうの定義は様々なれど、農耕国であり海洋国である日本が生んだ和食のエース「お寿司」が主役なのが、この作品。
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まず、著者が亡くなったのが1971年。まだ没後浅いこともあり、同じ時代を生きていた方も多いのではないでしょうか。
非常に短いページ数ながら、起承転結がはっきりし、オチにある「仕掛け」をもってくる、掌編小説のお手本的な作品でもあります。
逆に、あまりの完成度ゆえに、掌編という表現に対して後世の多くの作者にたちはだかる壁になったのではないかという意見もでました。
他の参加者の方からも、短い文節・スラスラと読めてしまう、といった総じて「うまい」印象を受けるということが明らかとなりました。
作品内容もまた「うまいもの=お寿司」を食べたいと願う、秤屋に奉公する小僧(12歳くらい?)と、彼にごちそうしてあげる貴族院議員・A氏がメインとなる話ですが、舞台となった東京神田界隈のグルメ(蕎麦や天ぷら)情報から、年功序列・上役からの引き立てといった、現代社会を生きる我々の労働観へも話題は発展してゆきました。
大人は必然的にA氏と自分を重ねて読んでしまいますが、小僧と年齢の近い子どもが読むとどんな感想を持つのか、興味があります。
もしも自分がA氏と同じ場面に遭遇したら、ごちそうしてあげただろうか? と自問してみても、やはりどこか「施してやっている自分に酔っている」と他者に思われないかといった周囲の目が気になってできないかもしれない、と改めて感じました。
読者もまた「神の視点」を持った八百万の神様の一柱かもしれませんね。非常に短い作品なので、書店で見かけたら一読してみる事をオススメします。立ち読みだけでもすぐですよ!
ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました!
(*^¬^)ノ■鮨□☆□鮨■ヾ(^∀^*) カンパーチ!
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次回はダニエル・キイスのSF名作「アルジャーノンに花束を」を取り上げます。
頭脳改造手術という、神の領域に挑む禁断の科学。
いつだって人類の先頭を走るのは、干支と同じく白い実験マウスたち。
かくして白鼠のアルジャーノンと、白痴のチャーリー、ふたりはその身に余る超知能を手に入れた。チャーリーにとって、同じ時と苦しみを共有するべき、この小さな「親友」の心臓は早鐘のごとく脈打ち、やがて……。
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レポート作成:はじめ




